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京都地方裁判所 昭和40年(ワ)965号 判決

原告

辻敏子

被告

山崎真雄

主文

被告は、原告に対し、金四二七、五〇〇円および昭和三九年三月一九日いこう完済までの年五分の金銭を支払わなければならない。

原告の被告に対する残余の請求は棄却する。

被告に、訴訟費用を負担させる。

原告は、被告に対し、勝訴の部分をかぎり、仮執行することができる。

理由

申立

(一)  原告は、「被告は、原告に対し、金六一七、二二七円および昭和三九年三月一九日いこう完済までの年五分の金銭を支払わなければならない。被告に訴訟費用を負担させる。」との判決を求めたほか、仮執行の宣言をも求めた。

(二)  被告は、(一)に対し、「原告の請求を棄却する。原告に訴訟費用を負担させる。」との判決を求めた。

主張

原告は、要約して、次のとおり、主張した。

(三)  原告は、昭和三九年三月一九日、満四一歳のおりのこと、京都市左京区北白川追分町六七番地先を東西に通ずる両側車道一〇メートル電車軌道七メートルの道路で、同地先を南北に歩いて横断しようとし、西行車道から電車軌道をこえ東行車道に入つたところへ、被告の被用者の山崎隆司が軽二輪自動車を運転しながら東進してくるなり、原告の下半身に同自動車の前輪を衝突させて転倒させられ、右下腿開放骨折の傷害を負わされたため、即日から三五日間を京都大学医学部付属病院に入院し、いご一六一日間をそこえ通院して治療につとめたが、結局、右腓骨仮関節の症状のまま固定するにいたつた。

(四)  原告が、しかし、本件の事故にあつたのは、被告のかわで織物商を営むため問題の自動車を運行の用に供していたおりからのことゆえ、被告に同車両の保有者としてさような事故から生じた損害(物的なものを除く。)を賠償しなければならない義務があるものとすべく、そうでないとすれば、前掲の山崎隆司のがわで被告の営業用の商品をはこぶため問題の自動車を運転していたさい、針路の前方にきびしく注意をはらい、横断するものをみつけたときは危害をおよぼすことのないよう安全に避譲させたのち通りぬけるようつとめなければならない義務を怠つたという過失があることに基因するから、被告に前同人の使用者として同様の賠償をなければならない義務があるものというべきである。

(五)  原告は、かくて、最低の数額でも、金六一七、二二七円の損害、すなわち、

(い)  金二一四、四二七円、ただし、原告が前記のとおり傷害を治療するため病院に入院した期間を通じ、本人用の栄養剤又は補給食に金三、三九〇円、副付添をした家族又は近親者の臨時食に金七、六二〇円、本人ほか同上のものの交通費および通信費に金一九、二八四円、応急的に家事をまかなわせなければならなくなつた家政婦の雇入費に金一五〇、〇〇〇円、入退院にともなう諸雑費として日用品に金四、二三三円、見舞返しに金二九、九〇〇円を支弁したもの、

(ろ)  金三〇〇、〇〇〇円、ただし、原告が前記のような長期にわたる治療を要する傷害を負わされたのみか、予後もはかばかしくないのにくわえ(右下肢がもとどおりに治癒しないため歩いたり家事にしたがうと疼痛をおぼえ、日常の生活にも支障が少くない。)みぐるしい手術痕を気にしなければならなくなつたのを考慮するとき、前出の年令の女性にとり精神上少しとしない苦痛をあじわわされたものとみてよいことの慰藉料として支払われるべきもの。

(は)  金一〇二、八〇〇円、ただし、原告が上述のような損害の賠償を求めるため、弁護士に訴訟を委任し、着手料および報酬金として支払うことを契約したもの、

を合算しただけの損害をこうむらされた。

(六)  原告は、そこで、被告を相手とり、前渡の金六一七、二二七円および昭和三九年三月一九日いこう完済まで遅延による年五分の損害金の支払を求めるわけである。

被告は、あらましを、次のとおり、主張した。

(七)  原告の(三)に主張する事実で、被告の被用者の山崎隆司がいうとおりの日時にいうとおりの道路をいうとおりに東進するうち、原告に問題の自動車を衝突させて転倒させたとの部分は認めるけれども、残余の部分は不知として争う。

(八)  原告の(四)に主張する事実で、被告が織物商を営むこと、および前記の山崎隆司がいうとおりの商品をはこぶため同上の自動車を運転していたさい同上の事故が生じたことは認めるけれども、残余の事実は認めることのできないものである。

原告は、あたかも、被告がいうとおりの保有者が、さもなくば使用者であるもののように主張するとはいえ、被告は、もともと、問題の自動車の運行を支配することのできる何らの権限もないものであるから、いうとおり自己のためそれを運行の用に供していたものとすることはできなく(同車両は、かねて山崎隆司の所有に属し、同人の用途又は便宜のため使用されていたものである。)又被告は、山崎隆司の父で同居し織物商を手伝わせていたにすぎないから、いうとおり使用者の責任を負うものとすることはできないはずである。

原告は、なお、本件の事故が山崎隆司の過失により生じたもののようにいうけれども、それは、かえつて、原告が西方一〇〇メートルに横断路の設けられていることを知りながら主張の車道上を横断していたばかりでなく、問題の自動車が原告の後方を通りぬけるため一〇メートルの西方から針路を南側に転じたとたん、ろうばいして立ちどまり一、二歩後退したという過失をおかしたけつかにほかならないものである。

(九)  原告の(五)に主張する事実は、いずれも、不知として争う。原告が仮にいうとおりの損害をこうむつたものとしても、前記のような過失のあることをさんしやくすれば、被告から賠償しなければならないとせられる数額は相当に低減せられるべきである。

(一〇)  原告の(六)に請求する金銭は、上記のいずれからするも、失当なものである。

証拠 〔略〕

判定

(一三)  原告の(三)で主張する事実を検するに、〔証拠略〕を総合するとき(甲号証の成立は争がない。)被告の認める部分もふくめ、原告のいうとおりをうべなうに十分とすべく、これをくつがえすに足る証拠は見当らないのである。

(一四)  原告の(四)で主張する事実を検するに、かんじんの被告が問題の自動車の運行を支配する権限を有することの認められる何らの証拠もないいじよう、原告のいうとおり、被告を同車両の保有者であると認めることはできないけれども、〔証拠略〕を総合すれば、(甲乙号証の成立は争がない。)原告のいうとおり、被告の被用者の山崎隆司に過失のあつたことが認められるうえ、被告の認めて争わない事実にしたがえば、それじたいで被告を同上のものの使用者であると断ずることができるから、(被告は、これを抗争するけれども、基本的にまちがつている見解として、いわれがないものとすべきである。)被告のがわに本件の事故により生じた損害を賠償しなければならない義務があることもちろんというべきである。

(一五)  原告の(五)で主張する事実を検するに、〔証拠略〕を総合するとき(甲号証の成立は原告本人の供述から知ることができる。)

(い)  金二一四、四二七円は、いうとおりの費用で、一番目の金三、三九〇円(〔証拠略〕による。)二番目の金七、六二〇円(〔証拠略〕による。)三番目の金一九、二八四円(〔証拠略〕による。)四番目の金一五〇、〇〇〇円(〔証拠略〕による。)の金額および五番目の金四、二三三円(〔証拠略〕による。)の内金二、〇〇六円(ねまき、スリッパー、なべ、ちやわん、ちやびん、ぼん、ナイフ、フォーク、かんきり、はしばこ、せんめんき、せつけんばこの約金三、三一五円の半額および、すいくち、乾電池、電球、借ぶとんの代金三四八円にあたる。)を合計した金一八二、三〇〇円の限度でのみ原告のいうとおりに認めてよいが、これをこえるものは、問題の傷害の治療と相当な因果の関係がないものとして認めることができなく、

(ろ)  金三〇〇、〇〇〇円は、金額を主張のような慰藉料として認めるにさまたげないところ、

〔証拠略〕を総合すれば、原告のがわにも被告の摘示するとおりの過失のあつたことがうかがいしられるから、被告の賠償しなければならない数額はさような過失をさんしやくして前認の損害からそれの二割五分と一〇位以下をくりあげ、低減させた金三六一、七〇〇円が相当であるとし、

(は)  金一〇二、八〇〇円は、記録上さまで事案の処理が困難なものともみられないことに徴すれば、前記のとおり低減させた金額の一割八分を基準に幾分を増額させた金六五、八〇〇円の限度でのみ、いうとおりに必要であつた着手金および報酬金として認め、残余は妥当をかき認めるわけにゆかないものとすべく、よつて、原告が本件の事故のため損害をこうむつたとし、賠償を求めることのできる数額は金四二七、五〇〇円にとどまるものと断ずべきである。

(一六)  原告の(六)で請求する金銭を検するに、以上のとおりであれば、最終の算出額および昭和三九年三月一九日いこう完済まで遅延による年五分の損害金の支払を求る範囲でだけ正当として認容すべきも、これをこえる数額は失当として棄却すべきものとし、被告のがわに訴訟費用の全額を負担させたうえ、原告のがわに勝訴の部分をかぎり仮執行することを許容したしだいである。

(裁判官 松本正一)

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